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大江戸線の狭さに死を 通勤電車に不慣れなルーキーに花束を

遠い昔、遥か彼方のインターネットでは、周りはみんなブログを書いていた。

mixiもあるのにそれとは別にブログを持っていた(自分もそうであるが)。

 

知り合いのブログはだいたいはてなアンテナに登録して、更新されるのが楽しみだった。

 

先日PCのリンクを整理している時に自身のはてなアンテナを開いたら、そこには更新のされなくなったブログで溢れていた。

 

電子の世界の片隅にあるゴーストタウンである。

 

そのゴーストタウンを眺めながら思った。

 

…よし。ブログを書こう、と。

 

というわけでお久しぶりです。二億年ぶりにブログ更新。大垣です。

一度更新しなくなると本当にブログというものは書かなるものですね。マイペースに更新します。

 

さて、この記事を書いている今日は2017年4月3日。今年度の始まり。

テレビでは昨年のリオオリンピックで活躍した選手が社会人になったニュースが流れている。

 

そのニュースをみて「俺が大学を卒業した時、年度初めには何をしていたかな?」と思いツイートを遡ってみてた。

(ちなみにこの頃は卒業したのに無職)

 

…酷い。我ながら情けなくなるぞ…

 

そんなわけで今日は、こんな俺とは違いしっかりと社会へ踏み出した新社会人で電車は混雑していた。

 

「俺と違って偉いなあ、頑張れよルーキー」と思っていたが、電車内で新社会人の女の子のバッグがずっと俺の体に食い込んでいて非常に痛かった。

「いてぇよクソ!この蒙古斑も消えてない若造がぁ!」と思ったが、同年代の頃の俺より偉いので許してやった。

 

これからは気を付けるのだぞルーキー。大江戸線は狭いのだ。

 

新社会人の皆様おめでとうございます。頑張ってください。

 

それでは今日はこの辺で。

カテゴリ:diary | 22:58 | comments(0) | trackbacks(0) | -
大垣、機材を大いに語る
ついに3rdアルバム『エピタフ』が発売となった。

前回のアルバムを出した時にレコーディング備忘録を書いたが、今回も書こうと思っている。
その前に今まで自分の機材について記事を書いたことなかったので、一度自分の機材をまとめてみようと思う。
今回の記事は非常に長い。長いけれど、ドラムの機材の記事というものはなかなかネットになかったりするので、誰かの役に立つなら幸いである。

ドラマー以外は全然楽しめないと思うが興味のある方は一読あれ。

・機材へのこだわり
今回の記事は具体的にどこのメーカーのどのスネアを使っているなどという話なのであるが、ドラムの機材というものはギターなどとはいささかことなる面があると思っている。
それは何かというと、個人的にドラム機材への拘りというやつは、「演奏に対するストレス耐性に反比例している」という点である。

ドラマーというやつはさすが木の棒を振り回す人種だけあって、人によってはスネアやペダルを持ってるのに持ち込まない人種というものも存在する。

実際そういう人のほうが楽だと思う。スタジオでもライブハウスでも、基本的には自分のものでない機材でやらなければならないし、演奏面でのストレスは感じようと思えばいくらでも感じることができるものだ。

ギターで言えば毎回レンタルしたギターで演奏しているようなものなのである。
結構なストレスだと思いませんかギタリスト諸君。

じゃあ俺はどちら側かというと、実は演奏に関してはストレスを結構感じる側なのである。
ペダルとスネア、更には演奏用に靴も履き替える。椅子の高さも測っている。
自分でもキャラと合ってないなと思う。
しかしこれにはストレス軽減はもちろんのことなのであるが、それ以上にミスをしたり納得の行く演奏ができなかった時に、機材のせいにしたくないからである。
失敗を何か他の要因になすりつけようとする試みが、演奏力の向上を阻害する一番の敵であるということは、何万もライブハウスにノルマを払って学習できたことのひとつである。ちと授業料が高すぎたが。

ミスは避けようのないことだと思うが、それを自分自身でなく他の要因に求めることは避けるほうが吉である。そのため自分は機材にこだわるようになったのである。

前置きが長くなったがそれでは説明していこう。

・スネア


スネアは永遠の名器・LudwingLM402である。
LM402といえば名器中の名器で今更語る必要はないのかもしれないが、10年以上連れ添った相棒の紹介をしてみることにする。

こいつは高三の時分に、オープンキャンパスに行くという名目で東京に来た際に大久保のザ中古楽器で購入した。初のマイスネアでありずっとメインスネアでもある。
なぜこいつを選んだかというと、永遠のドラムアイドル・ボンゾに憧れていたからである。
そのため試奏などしていない。といっても当時はそんなことしても意味なかったと思うが。
菱形バッチに憧れていたが、当時は高校生のため安い現行品を買うこととした。値段は¥40000くらいだった。
東京に行く前に実家のクソ重いWin95で四苦八苦しながら探したのが懐かしい。

レコーディングのちょい前くらいにスナッピーを20本にしたが、
それまではずっとスナッピーは42本あたりに交換していた。勿論ボンゾに憧れていたのがその理由である。音の違いなどは当然考慮していなかった。
買ってすぐ替えたので、純正の20本(のはず)スナッピーでのサウンドを覚えていない。
スナッピーはグレッチではなくはTAMAのものにしていた。(グレッチは高いのだ)

42本の良さはリムをかけない時の「ザラ」がしっかりとでることだが、基本リムをかけるし、
深さが6.5のため立ち上がりが遅いので、「トリプルファイヤーではあまり42本の意味はないんじゃねえのかな」と思っていたのと、レコーディンの際に鳥居くんにスナッピーがうるさいと言われたので10年以上ぶりに20本に交換した。
20本あたりになり音のインパクトはなくなったがすっきりした音となった。
ライブでは4月頃から替えていたので、気づいた人は大垣マイスターとして表彰したい。

チューニングはボンゾサウンドと方向性が違うのでまったく再現できていないが、表ヘッドはややハイピッチにし、オープンなサウンドに裏面でを締まりを与えて、いい感じに詰まらせるようにしている。
ヘッドは買った時にREMOのアンバサダー(多分)→CSコーテッドとしてみたが、結局REMOのアンバサダーに落ち着いた。
といってもあまり冒険してないのでここらへんは試したいところ。
裏ヘッドは一回REMOにしてみたが、これが超絶合わなかったので、それ以降裏は絶対にラディックのスネアサイドにしている。
なぜあそこまで変わったのか違いはよくわからんが、なんとなくラディックのスネアサイドはREMOに比べ薄い気がする。

ボンゾのドラムテックへのインタビューで、ボンゾは裏ヘッドのチューニングにめっちゃうるさかったという話があったのだけれど、それは自分で使っていても結構わかる。
ほかのスネアをいじった事がことがほぼほぼないので比較しにくいが、このスネアはそこらへんがキモなのかもしれない。

中村達也と沼澤尚がヘッドを交換しないと聞き、これは財布に優しいと思い自分もヘッドをあまり変えないほうだ。
確かに新しいヘッドの音は好きではないし落ち着くまで結構時間がかかる。個人的には一ヶ月くらいは欲しい。
プロはライブ毎やらレコーディングでは一曲毎に替えるひともいると聞いたが、スネアによるのだろうか。
ただコーテッドが剥がれてしばらくしてくると急に音質が劣化してくる時期がくる。経験則では月に頻繁にライブをするのなら半年年くらいが限度な気がする。

ラディックスネアのよくわからんギミックである内蔵ミュートも取り外している。あれを有効に活用している人っているのか?
ミュートならタオルミュートのほうが音作りもしやすいと思うし、何より勝手にネジが外れてしまうのが煩わしくてしかたがない。

そんなこんなで色々と語ったが、LM402の魅力は何より金属胴ならではのチューニングの決まりやすさと、あんまり重くないこと、そして耐久性だろうか。
その昔メイプルのスネアをいじらせてもらったことあるが、これがまたチューニングがムズい。湿度とかの影響もモロに受けるので、ライブ前にしっかりとチューニングする必要がある。
勿論金属胴にもこまめなチューニングは必要であるが、金属胴使いからすると、木胴はスネアケースから出して叩いてびっくりするぐらい音が変わってると思う。
ハイピッチ気味なチューニングでも、張力でシェルが歪むことも木に比べてないのでずぼらな奴にピッタリである。

LM400使いはちょくちょく出会うこともあるが、なぜかライブハウス界隈では402使いにほとんど会わない。結構不思議に思っている。こんなに使いやすいのに。
400もとてもいいスネアだけれど、自分はちょっとカンカンしすぎと感じてしまう。自分はオープンリムショットが9割を占めるが、そこらへんの使いやすさもあるのかもしれない。
400はカン、402はバンという感じ。この低音成分がいい塩梅ででるところが402のよさである。

実はレコーディングに際しこのスネアは使わないでおこうかなと思っていた。
新しいスネアの購入も検討し、LM400なども知人から借りスタジオで試したこともあった。
しかしチューニングに慣れていることや、スナッピーの変更によりレコーディングに問題ないと思い結局新スネア購入は見送りとなった。
レコーディングでどんな風に音を作ったかは次回の記事で詳しく語ることとしよう。

・ペダル


ペダルは大学入試が終わった後に全財産をはたいて買ったDW5002 AD4。
アクセレーター(偏心カムのツインペダル)である。
グッドマンの横の、今はベースステーションの場所にあったドラムステーションで購入した。
¥60000くらいした記憶がある。
余談だがこの際に受けた大学には全て落ちた。目的を達成せずに何をやっていたのだ俺は。

こいつを買おうとしていた頃はメタルなどのハードな音楽も好きで、大人になったらドラマーはいずれツーバスを踏むもんだと勘違いしていたため、ツインペダルを購入した。
しかし結局ツインではほとんど使っていない。大学の頃メタリカのコピーとメガデスのコピーで少し使ったがこれから使うことは恐らくないであろう。スレイブペダルの方は部屋のどこにあるのかもよくわからん。

ちなみにこのペダルの前はTAMAのアイアンコブラを使用していたが、どうも踏むときに重さを感じるのが嫌ですぐにこちらに乗り換えた。
しっかりと剛性はあるが踏むときに変な重さも感じないしとてもいいペダルである。何より色がカッコいい。

購入の際には沢山のペダルを試奏したが、ベルトドライブとダイレクトドライブは自分には合わず、アンダープレートなしとシングルチェーンも、どうも力がダイレクトに伝わっていない気がして嫌だったので、ダブルチェーン&アンダープレートありのものから選んだが、その中で一番しっくりくるペダルがこいつだった。
アイアンコブラもダブルチェーン&アンダープレートありだが、DWは本当に軽すぎず絶妙に踏み心地がよろしい。

ビーターはDWの純正で、フェルトよりも好みの音のするプラスチック側を使用している。
スプリングテンションは緩めにしている。
常にヒールアップ(というかヒールダウンはできない)で打面にビーターをつけるクローズ奏法のため、バスドラに押し付けた時にバネが強すぎると力んでしまうのが嫌な為である。
曲によってはオープン気味で演奏することもあるが、基本はクローズなので、ストレス&力みの軽減となるのでドラムを始めた時からスプリングは緩めのままである。
ただ最近は「別に剛性なんかいらないんじゃないか、力がストレートに伝わらなくてもいいんじゃないか」と思いはじめ、再販されたYAMAHAのFP720に興味津々である。

・ハイハット

※画像は俺じゃないです。試奏動画のサムネをネットから持ってきただけです

スネアとぺダルは上に書いた通り高校生の頃に買った機材であり、それ以来機材は増えていなかった。
しかし4人になってからはライドを殆ど使わずハイハットばかり使うスタイルになったので、ハイハットの音にすごく気を遣うようになってきた。
そうなると同時に好きじゃないハイハットの場合のストレスも大きくなってきたため、10年ぶりに買い足した機材がこのTURKISHのCLASSICシリーズのHEAVY(14インチ)である。値段は¥35000ほどであった。

知っている人は知っているが、実は今使っているのは二代目である。
初代は2014年の2/14に紛失した。前日の大雪で雪が積もっている道をキャリーに積んで運んでいたらどこかで落としたのである。
悲しいことに買ってから一か月ほどのことであった。ライブで五回ほどしか使っていなかったので非常に落胆した。
落とした初代はいったいどこへ行ったのだろうか。
そのあと一年ほどはハイハットはなしでいたのだが、レコーディングに際し同じもの再購入した。

いろいろなライブハウスで演奏し、スタジオの備え付けのシンバルを沢山叩いてきた結果、
自分の好みである音が見えてきた。
その中でAジルジャン系は自分の好みと合わないと思っていたので、これと逆のキャラクターの音がなるハットならいいかなと買う前はぼんやりと思っていた。

我々は大学時代からスタジオはずっと高田馬場のゲートウェイだったのだが、途中で山本がスタジオファミリアで働き始めたのでそちらのスタジオも使うようになった。このスタジオにあったのがこのハイハットであった。

このファミリア、ドラムセットはGretsch、シンバルはTURKISHという他のスタジオとは一味違う機材を用意している。(一部スタジオはパール、シンバルについては割れて交換され現在はTURKISHでなかったりしている)
TURKISHはこのスタジオで初めて使ったのであるが、クローズ時のしっかりと落ち着いた音、
ハーフオープン/オープンでもガシャガシャしすぎないところが非常に気に入った。
その分大音量は期待できないが、トリプルファイヤーではそこまでうるさい音は必要ないので問題はなかった。

購入の際には他のハイハットも試奏したが、その中でもKジルはダークでとてもいい音で候補とはなったのだが、「いい音すぎる」と感じたことと、「自分の腕前でKジルはまだ早い」という謎の謙遜により購入は見送った。あと一応PAISTEの2002なども試したが、こちらはやはりブライトな音だったので候補とはならなかった。高校時代からは考えられない進歩である。
あとSABIANのAAのミディアムも候補にあがった。改めて聴いてみると意外と好みの音から遠くはなく、ライブではこちらの方が安定感があると感じたからである。

しかし今となってはファイヤーは曲調が脱ロックしてきたため、ターキッシュにしてちょうどよかったと思っている。

・スティック
使用スティックは変遷しているが、メーカーはずっとpro-markである。
プロマークを使い始めたのはHi-STANDARDの恒岡章が使っていたから。ハイスタも高校時代のアイドルであり、ツネ使っていると聞きRock Knocker(チップがなく棒状のタイプのスティック)も買ったほどである。使い始めた理由はただの憧れであったが、未だにプロマークなのは勿論理由がある。

プロマークにこだわる一番の理由はその手触りである。プロマーク独自のフィニッシュ(なんちゃら2000のような名前だったはず)がとても好きでこれ以外はもう使えない体になってしまった。

スティックの変遷歴としては
TX-808(ポール・ワーティコモデル)→TX739W(エヴェリン・グレニーモデル)→TX707W(サイモン・フィリップスモデル)→SD4W(ビル・ブラフォードモデル)
となっている。

現在はブラフォードモデルを使っている。このモデルだけ材質はメイプルである。他のモデルは全てヒッコリー。といっても材質にこだわりはない。ブラフォードモデルがメイプルだとこの記事を書くにあたり調べて初めて知ったほどである。
あとスティックは使用感で決めていたため、シグネーチャーモデルに理由はない。エピタフ→クリムゾン→ブラフォードなどでは決してない。

最初のポール・ワーティコモデルからサイモン・フィリップスモデルは高校〜ファイヤー三人時代に使っていたものである。
始めた頃から大きい音を出す為に太いスティックを使っており、段々と細くなっていった。
ポール・ワーティコモデルとほぼ同じタイプのTX808LW(イアン・ペイスモデル)も買ってみたりしたことがあるような気がする。

4人になってからはずっとブラフォードモデルあるが、これは4人になった際にドラムのセッティング全体を大幅に見直したためである。それまでのスティックは自分には長く、スティックに振り回されコントロールできていなかったと考え、小ぶりではあるがコントロールしやすいものに変更した。
またこれは気持ちの部分であるが、以前はどうもチップがラウンド型でないと音が変わってしまいそうで嫌だという思いがあり(今でも多少はある)、なるべく丸型に近いものを選んでいたが、そういった拘りを排除しコントロールを優先した。
使用感にはとても満足しているのだが、唯一の欠点はこのモデルは売ってあるお店が限られていることである。東京でもドラムに力を入れているお店でないとまずない。新宿ロックインでさえなかったこともある。

・その他
前述したように靴はライブでは履き替えているが、靴自体に拘りはない。練習では履き替えないし、雨などで地面が濡れてなかったら最悪なくてもいい。試合の時に練習着でなくユニフォームを着る感覚と言っていいかもしれない。しかしライブでは同じ環境でやりたいという思いから必ず履き替えるようにしている。

椅子の高さも決めているが、ガチガチに決めているわけではない。バスドラのテンションや椅子のクッション具合など他の要素もあるため、あくまで目安を決めている程度で、その日によって多少は変えている。あとセッティングの軸は椅子であるため、セッティングの時間短縮も理由の一つである。

書いてみるとこれがまあクソ長いこと。数えたら6500字を超えている。
単純な機材説明でなく、どこで買ったなどのエピソードも書いてしまったから当然ではあるが長すぎた。

たまにはドラマーらしいこともしたためてみた。次回はレコーディングの備忘録を書くので乞うご期待。

それでは今日はこのへんで。
カテゴリ:diary | 03:04 | comments(0) | trackbacks(0) | -
十年一昔
ついに3rdアルバムがリリースが決まった。去年から準備してきた作品が世に出る。長かった。

先日の土曜にやった先行即売会に来てくれた人には一足先に買ってもらったけれど、店頭に並ぶのは9月15日である。
ぜひとも一度聞いてもらいたい。

その先行即売会で発表されたが、レコ発として初のワンマンライブを11月24日(火)渋谷CLUB QUATTROで行うこととなった。
こちらも是非来て欲しい。
クアトロでワンマンというのはもちろん俺の意見で決まったわけではないが、個人的には非常に感慨深いものがある。


東京に出てきて初めて行ったライブは、Ken Yokoyamaだった。最初のアルバムを出した直後の、東名阪ツアーのラストだった。
自分が東京に出てきたのは高校を卒業した2004年のことである。随分と時間が経ってしまった。

高校生の頃はメロコア全盛で、自分もハイスタが大好きな「キッズ」であった。
しかし好きになった頃にはもうハイスタは活動を休止しており、実際にライブを見ることはできなかった。
当時はYoutubeもない時代。なけなしの小遣いで買ったDVDと、大分市内中を探しまくって見つけたAIR JAMのVHSビデオを繰り返し見ていた。

そして高校を卒業する直前の2月、ハイスタのギタリスト横山健がソロアルバムをリリースする。
ハイスタの音源ではないが、ソロアルバムはハイスタキッズの心を掴むには十分な内容のアルバムだった。
星の数ほど湧いていたまがいもののメロコアバンドにはない、ハイスタの音がそこには十分にあった。
「今度はリアルタイムで追える」ということが嬉しかった。 何度も何度も繰り返し聞いたことを覚えている。

高校を卒業してすぐ東京に出てきたので、その時にはまだタワレコ渋谷店で展開の棚があり、収録曲のPVが流れていた。
前述のとおりPVなどは気軽に見れなかったので、店頭でみて驚いた。

出てきて一ヶ月ほど経った頃に、地元の友人からKen Yokoyamaのライブに行こうと誘いを受けた。
それが東京で初めて行くライブでもあった。会場は渋谷のクアトロだった。
田舎の高校生でも渋谷クアトロの存在は流石に知っていて、東京に出てきた実感が湧いたものである。

しかしライブに行く計画はしたものの、我々はチケットを入手できていなかった。
だからといってあっさり諦めるわけにはいかない。とりあえずライブハウスまでは行ってみよう、奇跡的に余っている人もいるかも知れない、というわけでとりあえずはクアトロに行ってみようということになった。

クアトロに着くと、我々と同じくチケットはないもののとりあえず現地に来てみた人が何人かいた。
皆余ったチケットを譲って欲しいということを紙に書いて持っていた。
開演まで粘ったが、残念ながらチケットを譲ってくれる人は現れなかった(なにせ我々は3人だったのだ。どう考えても望みは薄い)

開演して暫くしてもあっさりとは諦めず、「もう見れなくてもいいからせめて漏れる音だけでも聞こう」と、
会場のあるフロアの、チケットがなくても入れる場所ギリギリまでいき、漏れ出る音を聞いていた。

しかし漏れ出る音はその時一番見たかったライブの漏れ音である。聞けば次の曲も、そのまた次の曲も聞きたくなり、暫くその場で漏れ音を聞いていた。
外にいてチケットを入手できなかった他の人たち(正確には覚えていないが、20人弱程度)も、同じようにしていた。

暫くそんなことしていたが、その集団に思いがけないことが伝えられる。

なんと、スタッフの方が「もう始まってしまって途中だけど、チケット代を払うなら入場していいよ」と言ってくれたのである。
漏れ音を聞いていたキッズ達は大興奮。急いで入場し、なんとか初ライブを見ることができたのであった。

あの時の感謝の気持ちは本当に忘れたことはない。扉を開けた瞬間に、渋谷クアトロ名物柱が目に入ってきたことをはっきりと覚えている。
その思い出のおかげか、あの柱は確かにクソ邪魔ではあるが、どうも憎めない。喜びの記憶と同じフォルダに保存されているのだろう。

ライブ自体はもちろん素晴らしかった。ダイブもした記憶がある。自分の音楽に関わる記憶でも特に印象的な記憶である。
ライブが終り、グッズを買おうと思ったが、Ken YokoyamaのTシャツは売りきていた。しかしこのライブを何か形としては残したい。そう思い一音もライブを聞いていないがCOMEBACK MY DAUGHTERSのTシャツを買った。
そのTシャツはどこかに行ってしまった。といっても買ってから一度も着なかった気がするが。

あれから随分と時間が経ってしまったが、ついに同じステージでワンマンライブをする。
何度かクアトロでライブはしたが、ワンマンをするとなるとなかなか感慨深い。
願わくば入口で漏れ音を聞く人が現れるくらいお客さんを呼びたいもんである。

叶うならば入口で漏れ音を聞いていた、19歳の自分を招待したい。「お前もあっち側になったぞ」と。
ただあいつはトリプルファイヤーを好きになることはないと思うけれど。


長い昔話になってしまったが、皆さんクアトロワンマンをよろしくお願いします。それでは今日はこのへんで。
カテゴリ:diary | 01:09 | comments(0) | trackbacks(0) | -
ten years from now
GWも終り、五月病真っ盛りな今日この頃。暖かくなりビールが美味しい季節となった。

ここ数ヶ月忙しかったので家でゆったりとビールを飲むのが非常に落ち着く。

しかし最近個人的に忙しいのは、なにもバンドだけのせいではない。

そろそろ30歳になろうというに、車の免許を取りに行き始めたからである。

自分は九州は大分出身であるが、その地元ではこの歳で免許を持っていない人間というのは非常に珍しい。
大分と言わずとも、地方出身者には想像が容易いであろう。
たかが車の免許であるが、そういった周りの環境のため、免許を持っていないということで「自分は大人になりきれてない半人前ではないか?」と肩身の狭い居心地の悪さを感じていた。

そんな疚しさにのような感情と共に、常に頭の片隅では「そのうち免許取らなきゃなあ」と大学の頃からずっと思っていた。
頭の中では思いつつもずっと後回しにしていたが、今年ついに免許の取得のために重い腰を上げたわけである。

就職してしまいバンドもそこそこ忙しくなってきたのになぜ今更かというと実は年齢に関係がある。

あまり知られていないようだが、自動車学校の料金は30歳で値上がりするのである。
自分はなぜかこの情報を昔から知っていて、去年の暮れくらいから「今年免許取らなきゃ値上がりするな」という気持ちが強くなってきたのである。

そのため一念発起しついに動き始めたのであるが、これがなかなか大変である。
自分はそこまで不器用な方ではないという自負があったが、びっくりするくらい運転技術が向上していかない。
最低限はできてはいるとは思うが、自分の思うままに向上していかないのに驚くばかりである。
年齢のせいだけではなく、バンドも仕事もしているという時間的にも余裕がないのも関係しているのであろう。

ドラムもそうであるが、若いうちにできることはやったほうが本当にいいのだなと痛感している。

なんでこんなことを思ったかというと、先日のクリトリックリストの2マンでアンコールでオアシスのdon't look back in angerを演奏したからだ。
この曲は高校時代に友人とコピーしたのだが、ライブ録音を聞くと当時よりはマシになっているとはいえ、とてもあれから10年後の演奏とは思えなかった。反省と研鑽の決意表明である。

若人よ、練習は大事だ。頑張りましょう。それでは今日はこのへんで。
カテゴリ:diary | 23:33 | comments(0) | trackbacks(0) | -
コールドスリープからの目覚め
前回から随分と長く放置してしまった。去年あたりからブログの出だしがすべて同じである。

このブログを始めて丸7年経っていることに気が付いたので、今日は久々に書こうかなという気持ちになった。

7年とはなかなか長い期間である。20代の人間がが変化するには十分な時間である。自分も当時とは変わっていると思う。
しかしそんな長い期間、7年後も同じバンドを続けていると思っていなかったし、このブログを書いているとは思っていなかった。

昔も今も変わらず自分自身は饒舌なのだが、ブログの更新頻度は落ちている。
これまでの実はブログを書こうとPCに向かう機会はあったし、下書きは沢山たまっているのだが、どうも形にすることができていない。
仕事を始めたのもあるだろう。しかしここまで変わるのは自分でも不思議である。
親に大金を払わせてせっかく文学部を出たのだから、もう少し面白い文章を書きたいところだがなかなか難しい。


内容が前回の記事とほとんど同じだ。しかし今日はこれまで。
下書きに眠っている、機材のことをつらつらと書いたものを次回は引っ張り出してくるかね。

それでは今日はこの辺で。今年は隔週ペースで書くぞマジで。
カテゴリ:diary | 01:37 | comments(0) | trackbacks(0) | -
埃をはらう
前回の記事はなんと2月。半年以上経ってしまった。ここまでのサボりは過去最高である。

2月から9月の終わりまでで沢山のことがあった。とても全て書く事はできない。

下書きレベルではちょくちょく書いてあったのだが、どうもまとめることができず、長々とブログを放置してしまった。

下書きにはライブハウスにアイドルが出現してきたことのへの雑感、
今年一月に買ったハイハットシンバルを失くした悲しみと、それを紛らわせるために長文でまとめた機材の話、
遠征のまとめなどなどと沢山ある。

これまでも下書きにかいて投稿しなかった記事は沢山ある。ただ今まではそれをなんとか一つにまとめることができていた。
今年はどうしても最後までまとめることができなかった。

思えばバンドと仕事をやり始めて、一つのことに対してあまり時間をかけてうだうだと考えることが減ってきた。
大学の頃なんて答えなど出ない道徳のことに関して一年ほど考えていたのだが、それができない環境とそれを許されていた身分に今更ながら驚愕する。

特に今年はCDも出しツアーを組み全国津々浦々へライブをしに行っていたわけで、人生でも一番多忙な一年であった。

バンドとは別にも、来来来チームのハリエ、otoriのチャンヒノとラジオを始め、バンドマン界隈を中心とした草野球チームを発足したりと、
本業は一体何なんだと思うくらいのアクティブさを発揮している。

少し早いけれど、今年は考えるというよりは行動するということに重きをおいた年だったようだ。

ただまだ今年は終わっていないし、あまり一年ごとに区切りをつけることはしないので、これからもよろしくやってきます。

リハビリの日記はこんな雑感で。これからはちゃんと更新しよう。

それでは今日はこのへんで。

 
カテゴリ:diary | 00:15 | comments(0) | trackbacks(0) | -
スキルアップの道程
一年半ぶりに音源がでた。

全国流通やらAmazonにもあるので、是非手にとってほしい。
この音源売ってスキルアップ御殿を高田馬場に建てるのが目下の目標である。みんな買ってね。

そんなわけでレコーディングの思い出と曲解説なんぞを綴ってみる。


今回のレコーディングは都内ではなく、愛知県某所にあるパニックスマイルのゲルさんのスタジオで録音した。
サウンドプロデュースはこちらもパニックスマイルの吉田肇氏である。
録音するスタジオは明治だか大正だかからある自宅の蔵をスタジオに改装しているという、それだけで何だかいい音で録れそうな場所だった。

ツェッペリンが「検廚離譽魁璽妊ングを城で行ったり、レッチリが幽霊屋敷で録音したという有名な話があるので、一風変わった場所で録音するということを録る前から楽しみにしていた。

前作は都内のゴージャスなスタジオで録音したのだが、諸々の都合で年末12月29日に20時間で全曲録音という無茶な日程だった。
今回はその反省を生かしつつ、都内でないこともあり一泊二日でのレコーディングとなった。
レコーディング前日夜に都内を出発し、深夜に到着。ちょろっと寝てお昼からレコーディングスタートとなった。

スタジオの機材は古いパールのキットだった。シンバル類も年季が入ったものばかり。

録り音に関しては吉田Pに一任してあったので、そこまで気にせずにいた。
その結果、持っていったスネア、愛機ラデイックLM402は一曲でしか使わなれなかった。

タム類とライドは殆ど使わないので、ドラム録音で変化をつけるのは自ずとスネアのサウンドだった。
曲によってスタジオのスネアを吉田Pの指示によって変え、ミュート加減、チューニングで変化をつけた。
普段はLM402をハイピッチにして、オープンながらもややつまらせた音に仕上げている(ここらへんは実に言語化しにくい部分である。アンプみたいに12時とか言えないところがドラムの悲しいところ)が、レコーディングではそういったチューニングにはしなかった。

ほぼ全曲でスネアにタオルミュートを施し、オープンリムショットも使わずに録音したので、普段とはかなり違った、もとい出したことのない音に仕上がった。

使用したスネアは詳しくは覚えていないが、基本的に年季の入った鉄シェルのスネアが基本だった。
それらのスネアに、普段はしないゆるめのダルめチューニング+タオルミュートをかまし、デッドサウンドに仕上げていった。
↓こんな感じでミュート具合も曲によっていろいろ試した。灰緑の手ぬぐい!






前回の反省点として、スタジオワークに関しては自分たちは非常に経験値が低いということが挙げられる。
前作のエンジニアをしてくれた馬場ちゃんは非常に敏腕であるが、その馬場ちゃんに指示することができず、彼女の腕前を満足に引き出すことができていなかった。
ライブの音作りには関しては労力を割いてきたが、ことレコーディングとなると右も左もわからなかったのである。

音作りに疲れたラッキーサウンド



そんなわけで経験もなく方法論も確立できていないので、今回は音に関しての全権は吉田Pに一任していた。
普段出さない音での録音が進んでいくのだが、やはりニューウェイビーな、いかにも「スナッピー鳴ってます」っていう音はいい。
ドラムで出す音のスイートスポットは録音とライブで本当に変わるが、考えてドツボにはまるくらいなら、この普段との違いを楽しむくらいが丁度いいのかもしれない。

録音は基本はベースと同時録りで行った。山本はスタインバーガーも使ったりしていたが、
こいつは小粒ながらピリリと辛いインパクトのある、アストロ球団の明智球七のような音がするので、
レコーディングにはいいかもしれん。



リズム隊は同時録りだったので、レコーディング自体は一日でほぼ終わった。
二日目はほとんどビールを飲んで漫画を読んだり子供たちと遊んで過ごした。






そんな風にいろいろなサウンドを試したののだが、細かく覚えているわけではないので、ライブでの心構えも交えつつ一曲ずつ解説しようと思う。

1. 面白いパーティー
今回のアルバムの切込隊長。ライブでも前半にされることが多い曲。
レコーディング直前に完成し、ライブで数回やっただけで収録曲に選ばれたシンデレラボーイ(ガール?)。
Aメロ終わりのハイハット連打以外にはほとんどフレーズに変化がないが、その分スネアとハットに集中できるので、ライブの導入にももってこいの曲。間奏のギターと合わせるハイハットオープンクローズが気持ちいい。
伝わるかわからんが、長打はないが巧打者の右の一番バッターというイメージ。一発はないものの出塁率は高めの安定感が持ち味。
 
2. ちゃんとしないと死ぬ
曲者の二番。少し前まではライブでも一番手にやっていたことが多かった。
ただこいつは一番以外でも使える曲。
間奏での、クローズのままハットをぶっ叩いて得れる快感は轟音バンドでは得れない楽しみであろう。
メインフレーズの、ハットをクローズするタイミングは一回目と二回目で実は微妙に異なる。わかんない?すいませんそれはおれの技量不足です。ハイタムを叩く唯一の曲でもある。

3. スキルアップ
みんな大好きなタイトルナンバー曲。今回のアルバムでも一番古くからやっている曲でもある。
メインフレーズの最後、二小節の最後の部分のアクセントを、あえてハットでつけずにキックの強さでつけたところがお気に入り。そのおかげでフレーズの切れ目がなくなり、ヴォーカルを邪魔しない効果を得ている(はず)。
そのほかにも、二回目のサビのあとの歌(以前は棒を挿したり〜)の箇所で一転してチップで刻むのが個人的に匠。

4. Jimi Hendrix Experience
一番気持ちよく演奏するのが難しい曲であり、その分はきっちりと演奏できたときは絶頂モノな一筋縄ではいかない曲。
最初にデモを持ってきた時点で、鳥居君はドラム譜でアクセントまで指定してきた。彼は天才である。
メインフレーズのバスドラ二発+スネア二発(左手のみ)+バスドラ二発のドドタタドドという16分の6連発はオルタネイトでない分バタつくフレーズではあるが、コシのあるうねりを生み出している。ここを安定して出せるかがキモである。
A→間奏→A→Bという構成でドラムパターンは変わらいないが、その分途中のクラッシュにも神経を使う必要があるので、本当に気の抜けない曲である。

5. カモン
収録曲でも屈指の問題作。
クローズドリムショットのスイートスポットをいかに早くつけるかがキモ。あとは如何に吉田で笑わずに回しを把握できるかにかかっている。
2番と3番の頭のハットでのオカズは、竿ものの邪魔をしないようにシンプルかつキレのあるものを選択した。
Bのバスドラべタ踏みパターン、「スメルズのHello, hello, hello, how low部分フレーズ(通称スメルズフレーズ)」は使い勝手のいいフレーズで愛用している。

6. 本物のキーホルダー
面白いパーティーと同じく、レコーディング直前に生まれたニューカマー。
本作でまともにフロアタムを叩く唯一の曲。
基本フレーズがドラムを始めて最初にコピーした、ブルーハーツの「夕暮れ」と同じフレーズなのが個人的にアガる。
間奏部分での、ライドに行きたくなる気持ちを抑えたハイハットもキラリと光る。
Aと間奏でハットの表情を使い分けるのが楽しい。この曲でもスメルズフレーズが登場する。

7. 可能性が無限
演奏していて一番楽しい曲かもしれない。テンポが持ち曲で最遅(だと思われる)。
数少ないオープンリムショットの割合が少ない曲。Bメロでリムをかけずにアクセントつけるのが楽しい。
ハットはクローズ→オープン、スネアもリムをかけない音からかけた音まで全て出すのでこれまた楽しい。
ただ演奏するのは楽しいが、録音は一番時間がかかった。ローテンポはやはり難しいと身に染みた、厳しさと楽しさを併せ持った曲である。

8. 神様が見ている
今回のアルバムで唯一の吉田曲。ベースリフがブリブリしているが、あえてハットをシャリシャリさせず、どちらかというと シンプルなギターフレーズにバランスを合わせた。
途中のテンポダウン、大サビ前のフィルなど、わかりやすく盛り上がる部分があるので、そこでは内に秘めたHR魂を呼び起こして叩いている。 
スキルアップが「ロビンソン」、カモンが「ハチミツ」だとしたら、この曲は「愛のことば」的ポジションだと個人的には思っている。

9. ブラッドピット
クロージングナンバー。ライブでも長らく〆に演奏されていたおばあちゃんに代わり最後に演奏される。
宣 銅烈のあとに岩瀬が頭角をあらわしたといったところ。世代交代がサクッとできてよかった。
テンポは190くらい。これはハイスタのdear my friendなみの速さである。
当初から鳥居君がアホほど速く演奏しろと言っていたので、ライブではテンポ200くらいで演奏している(はず)。
これはハイスタのstay goldくらいの速さである。メロコアコピーしといてよかった。
一番がイントロ分長いので本当に泣きそうになる。
余談だが、先日おばあちゃん→ブラッドピッドというセットリストでライブをしたが、右手に乳酸が溜まる音が聞こえてきた。それくらいキツかった。

以上が曲解説&心構えである。コピーする際には参考にしよう!
これを読みつつアルバムを聞くのもいいのではないだろうか。

繰り返しになるけれど、スキルアップをよろしくお願いします。
それでは今日はこの辺で。
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動画の果てに雨が降る
深夜に酒を飲んだテンションでyoutubeめぐりをした経験はみなさんあるであろう。自分も酔うとそういうことがよくある。

各々これまで見てきたライブは数多くあると思うし、どこでどんなライブを見てきたかは千差万別だと思う。 今回はそこでグッときた動画やライブを紹介する話。

 一本目はHusking beeの2005年のライブ動画。曲は1stにも入っている代表曲のwark。 この映像は解散する年のもので、(映像もおそらく解散ライブのもの)解散前の空気が漂っていて好きだ。 アマチュアバンドが「解散」や「活動休止」といっておセンチになるのが個人的には非常に大嫌いだが、 プロで活動したバンドの解散の映像とかはグッとくるものがある。ここでは紹介しないが、プリンセスプリンセスの解散ライブの際の、名曲「M」演奏前のMCなんかは非常に素晴らしい。

さてこの動画のキモは何といっても1:37くらいに出てくる号泣する女の子である。

何の気なしにみるといつももらい泣きしてしまう。 たぶんこの女の子はハスキングビーのファンの中でも有名になってそうなくらい、ワンカット(?)ですべてを表しているとおもう。 その嗚咽だけでバンドの歴史や、解散の喪失を表す、ただの客なのに看過できない点が非常にベネ。こんなファンがいるなんてハスキンは幸せなバンドだったと思う。

 カタカナ発音の英語、すぐ声が出なくなるヴォーカル、メロコア世代随一のメロウなグッドバンドの最後にこの嗚咽はとてもよく似合っている。


「初めて買ったCDは何か?」という質問は合コンから音楽雑誌の初登場の場においても有効なユーティリティ性の高い質問(と思っている)だと思っている。

 有名な音楽雑誌に取り上げられた人たちが「(初めて買ったCDは)ガラガラ蛇がやってくるです」などとと応えているのを見ては自分は「勝ったな」とほくそ笑んでいたものである。

そんな勝利者な自分が何を買ったかといえば、エレカシの「悲しみの果て」である。これ以上のない満点さで我ながらびっくりである。

当時はTK全盛期。どこもかしこもユーロビートを刻み、globeが歌い安室ちゃん踊っていた。タイアップが正義な時代である。 そんななか聡明にしてセンスあふるる大垣少年はグリコアーモンドチョコレートのCMで使われていたエレカシに心を奪われ、小学生には大金である¥1000をはたきシングルを購入したのである。

「この曲もタイアップじゃねーか」というツッコミはさておき、このシングルから1年後ほどに出した『明日に向かって走れ -月夜の歌-』は大垣少年の10代前半でとても大事なアルバムとなるのであった。

10年ほど時は経ち2007年、場所は北海道。九州とはいえ一年中半袖半パンで過ごす少年も成人し、ロックフェスを見るべく初めて北海道の大地を踏んだ。

その年のライジングサンで自分は初めて生でエレファントカシマシを見る機会に恵まれる。 なんともなしにアーステントでみたエレカシのライブを俺は一生忘れないと思う。
入場規制ながらもなんとか端っこの柵越しにみたエレカシを。
初めて買ったCDがエレカシでよかったと心の底から思った。
ガキの頃に聞いたあの曲を死ぬほどカッコよく全力で演奏する昔の侍の雄姿をおれは忘れない。

「ライブをみて泣く」という経験をしたのはこの時が初めてだった。泣きながら柵越しに風に吹かれてを合唱していた。本当にいい思い出だ。

本当ならここでその07年のライジングサンの動画を貼りたいとこなのであるが探せなかった。 興味が沸いた人はぜひ探してみてほしい。

もちろん感動しないかもしれないが、だれが見ても感動するようなつまらないライブをエレカシはしていないので、泣けないと怒るのは至極当然のことであるのだが。



2011年にあった地震に関して、個人的に思うところはたくさんがあるが、それに対して本当に個人を超えた範疇で言及も行動もしていない。

それは個人の好き好きであるし、強制力を以て何かさせることは暴力だと思っている。
原発に反対だろうが賛成だろうが頑張ろう日本だろうがくたばれ世界の終わりだろうが、好きにやればいい。

役に立つ人間がより復興に与すればそれでいいと思っている。

自分のバンドが人も金も動かせていない以上、言葉は悪いが売れてないバンドが音楽を通して何かをするということはおこがましいことだと思っている。 その分のスタジオ代を募金する方がまだ有益だ。

雨のひとつで殺される芸人はその程度の芸人である。

 普段どんなに批判されていようが、AKB48が被災地にいって握手をしたほうが被災地のためになろう。現実に人を救うのは意志作用の原理ではない。リアルなものだと思う。

音楽といったものがどれほど役に立ったのかわからないが、AIR JAMというイベントは東北での興行にうってでた。 そのイベントでBRAHMANのTOSHI-LOWのMCは自分の言説など吹っ飛ばす力に溢れている。

何かを救うということは容易いことではないと痛感させられる。

10分間という時間を、この瞬間世界で一番有益に使った人間だと思う。
 

いつか誰かのこういった思い出の登場人物になれれば幸いである。

それでは今日はこのへんで。
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24 Hour Boredom People
自分が中学生だった頃。所謂「洋楽」に触れるとき、雑誌のバンド紹介にはいつも「伝説的な逸話」を伴って紹介されていた。

その逸話は中学生の自分に音源を聴いた感想とは別の高揚を与えてくれたし、「オジー・オズボーンは蝙蝠の首を噛みちぎった!ハンパねー!」とクラスメイトと盛り上がったりしたものである。

こういった当時喧伝されていたそれはWikipediaに記載されている「逸話」の項目とは違った、祖父に戦争中の昔話を聞いた時と同じものを自分に感じさせてくれた。

今では輸入盤だろうが国内盤だろうが気分と値段でCDの購入を決めるが、当時はライナーノーツに書かれている70年代のイギリスを追体験できる分、国内盤しか手にとっていなかった。

かのようなことは何もクラッシュの、当時のロンドンを映し出そうとしたライナーノーツに限らず、例えば97年の「嵐のフジロック」を説明するときにも同様にあったと思う。


その「伝説的な逸話」を読んだ当時の年齢の、二倍ほど年を重ねてしまった現在、生まれる前のイギリスの映像をライナーノーツを通して頭に映すことはなくなった。

むしろそういった物語性を自分達に生まれさせることを是とはしない。現実問題として困難であるし、シンプルにそれがカッコイイと思わないからだ。

そういった、奇妙な追体験は今はできにくくなっているし、裏を返せば体験が逸話を突き抜ける説得力をもたらすものとなっていると思う。

そんな逸話を突き抜くライブをしたいし体験したいと思っている。



09年一月、寒い雨の降る渋谷ラッシュ。自分は第一回目の東京BOREDOMを見に行った。このイベントが終わったあとも今でも、当時雨の中終電で渋谷に向かった自分を褒めてあげたいと思っている。

当時は3人だったがトリプルファイヤーのメンバーは全員そのイベントを見に来ていた。

糞みたいなバンドをしていてただただライブに圧倒される観客だった。屈辱であるがとても大切な思い出だ。


「セックスピストルズの初ライブを観ていた客の中にはその後の音楽史のページに名前を記す人間が数多くいた」というエピソードが自分が一番好きなロックの逸話であるが、
東京BOREDOMの第一回目を見たという事実は自分の中でピストルズの初ライブなのである。

この事実の中では自分はバーニーでありモリッシーである。

来週そのイベントに自分たちが出る。東京BOREDOMは言い方は悪いが今停滞の時期にあると思う。「名物」と化してしまった面は否めないと思う。

それでもこのイベントはまた変わろうとしてる。

そのなかで自分たちが出ることにどういった効用があるかはわからないが、願わくば今度の東京BOREDOMを見た人達が、自分と同じように思えるイベントになれば幸いである。

雨の渋谷は遠くになりにけり。とても楽しみだ。

それでは今日はこのへんで。
 
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Too Late To Write
死ぬほど久々の更新。

お久しぶりです。大垣です。
なぜこんなにブログを更新していなかったというと、単純にこのブログのパスワードを忘れていたからである。

六月末に中古で5年くらい前に買ったオンボロXP搭載機が、体力の限界千代の富士を迎えてしまったので新しくノートPCを手に入れたのだが、適当に管理していたため今までブログのパスワードを思い出せなかったのである。
今久々に試したらなんとかログインできたので久々の更新と相成った次第である。

短くてもなんとか更新していこうと思う秋の入口。

それでは今日はこのへんで。
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