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24 Hour Boredom People
自分が中学生だった頃。所謂「洋楽」に触れるとき、雑誌のバンド紹介にはいつも「伝説的な逸話」を伴って紹介されていた。

その逸話は中学生の自分に音源を聴いた感想とは別の高揚を与えてくれたし、「オジー・オズボーンは蝙蝠の首を噛みちぎった!ハンパねー!」とクラスメイトと盛り上がったりしたものである。

こういった当時喧伝されていたそれはWikipediaに記載されている「逸話」の項目とは違った、祖父に戦争中の昔話を聞いた時と同じものを自分に感じさせてくれた。

今では輸入盤だろうが国内盤だろうが気分と値段でCDの購入を決めるが、当時はライナーノーツに書かれている70年代のイギリスを追体験できる分、国内盤しか手にとっていなかった。

かのようなことは何もクラッシュの、当時のロンドンを映し出そうとしたライナーノーツに限らず、例えば97年の「嵐のフジロック」を説明するときにも同様にあったと思う。


その「伝説的な逸話」を読んだ当時の年齢の、二倍ほど年を重ねてしまった現在、生まれる前のイギリスの映像をライナーノーツを通して頭に映すことはなくなった。

むしろそういった物語性を自分達に生まれさせることを是とはしない。現実問題として困難であるし、シンプルにそれがカッコイイと思わないからだ。

そういった、奇妙な追体験は今はできにくくなっているし、裏を返せば体験が逸話を突き抜ける説得力をもたらすものとなっていると思う。

そんな逸話を突き抜くライブをしたいし体験したいと思っている。



09年一月、寒い雨の降る渋谷ラッシュ。自分は第一回目の東京BOREDOMを見に行った。このイベントが終わったあとも今でも、当時雨の中終電で渋谷に向かった自分を褒めてあげたいと思っている。

当時は3人だったがトリプルファイヤーのメンバーは全員そのイベントを見に来ていた。

糞みたいなバンドをしていてただただライブに圧倒される観客だった。屈辱であるがとても大切な思い出だ。


「セックスピストルズの初ライブを観ていた客の中にはその後の音楽史のページに名前を記す人間が数多くいた」というエピソードが自分が一番好きなロックの逸話であるが、
東京BOREDOMの第一回目を見たという事実は自分の中でピストルズの初ライブなのである。

この事実の中では自分はバーニーでありモリッシーである。

来週そのイベントに自分たちが出る。東京BOREDOMは言い方は悪いが今停滞の時期にあると思う。「名物」と化してしまった面は否めないと思う。

それでもこのイベントはまた変わろうとしてる。

そのなかで自分たちが出ることにどういった効用があるかはわからないが、願わくば今度の東京BOREDOMを見た人達が、自分と同じように思えるイベントになれば幸いである。

雨の渋谷は遠くになりにけり。とても楽しみだ。

それでは今日はこのへんで。
 
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